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(二) 明治時代から平成時代



 江戸時代の大工道具作りの文化が土台となって、明治・大正・昭和時代前半にかけて、途中幾度かの景気後退がありましたが、木造建築需要の増加で大工道具文化は一気に花開き、全盛期を迎えました。全国に大工道具作りの名人・名工・達人たちが輩出して、世界に誇る大工道具文化が頂点に達します。

この間、明治・大正時代に手工関連の多くの教科書が出版されたり、東京・三木・新潟などの大工道具卸問屋や小売店が商品を販売する目的のカタログなどの商報を発行したりして、大工道具の種類・形態・使用法などを紹介することはありましたが、大工道具に対する体系的な研究はほとんどありませんでした。


 太平洋戦争が終わってしばらく経った昭和30年前後に、戦後復興による建築ブームが起こっていた日本に、木造建築に携わる大工職向けの木工用電動工具が登場します。また、  都市部における建築の主力が、次第に木造からコンクリート造りへ向かい、昭和40年代にはハウスメーカーの登場や木造住宅建築のプレカット工法化などが、今までの木造建築業界に大きな影響を与えました。

これらなどにより、次第に従来の大工道具は使われなくなり、世界に誇る日本の大工道具文化は衰退を始めます。


このような時期に、昭和40年代から大工道具に関する研究論文や著書が発表され出しました。今までのような大工道具の単なる紹介・説明から、学問としての本格的な研究の始まりです。


 今までは、昭和10年に発表された藤島亥治郎東京大学教授の「造営用木工具の史的展望」や、昭和36年に乾兼松文部省技官によって発表された「工具」や「法隆寺の工具」などのわずかな学術的大工道具研究はありましたが、それらは単独の著書として発表されたものではなく、全集の中の論文でした。

学問として体系化された本格的な研究発表は、昭和43年に中村雄三西日本工業大学助教授が出した著書「図説 日本木工具史―日本建築工具の史的研究―」と言っていいでしょう。昭和49年に「増訂 図説 日本木工具史」として再版されました。


中村雄三助教授の著書は、豊富な図や写真をもとに、木工具の変遷・個別的に見た木工具の歴史・木工具と信仰・木工具の伝世品を体系的に記述しています。この著作について藤島亥治郎東京大学名誉教授は、「この問題に関する研究としては、従来のものを圧倒して、ほぼ完全な域にまで達したものとして敬服する」と評価をしています。しかし、先駆的な研究としては大きな評価ができますが、その後の大工道具の詳細な研究と比較すると、やはり時代的な制約問題を感じます。


 その後、昭和48年に村松貞次郎東京大学教授が、岩波新書から著書「大工道具の歴史」を出版し、毎日出版文化賞を受賞しました。村松教授は、昭和51年には写真と文で大工道具などを紹介した「道具曼荼羅」を、その後も「続道具曼荼羅」、「続々道具曼荼羅」、「新道具曼荼羅」を出します。

 昭和51年に、元鋸鍛冶で目立て職でもあった吉川金次が、豊富な史資料をもとにして、出土した古代から鎌倉時代の鋸・中世や近世鋸の発達・鋸の製作・絵画や文献に現れた鋸・中国や西洋鋸などについて体系的に記述した著書「ものと人の文化史/鋸」を出しました。また、昭和59年には、古墳などから出土した斧や鑿や鉋、そして絵画と文献などから体系的に記述した著書「ものと人間の文化史/斧・鑿・鉋」を出しました。

 昭和53年に、大工道具作りの頂点を極めた千代鶴是秀の生涯を豊富な資料に基づいて書いた白崎秀雄の著書「千代鶴是秀」、昭和55年に平澤一雄東京農業大教授が、鋸の歴史・鋸生産技術の変遷・著名鋸の調査と考察・鋸鍛冶の発祥と系譜・現代木工具考などを体系的に記述した「産業文化史/鋸」を世に出しました。

 昭和64年には、30年代から大工道具のことについて雑誌などで発表し、大工道具について豊富な知識を持っている鋸目立て職の土田一郎が、少年期から交流のあった千代鶴是秀から聞いた話などをもとにして著書「日本の伝統工具」を出しました。彼は、一時期大工道具を研究する際のアドバイザー的存在でしたが、現在では、彼の話や著書の内容が伝聞に基づくものが多く、信憑性に問題がある箇所が多数あります。

しかし、本来ならば時代の流れの中に消えてしまった昔の大工職や大工道具を作っていた職人たちの伝聞を記録として残したことは、その後の大工道具研究に参考・検討する史・資料を与えた書として貢献は大きいものがあります。


 昭和59年、兵庫県神戸市の竹中工務店発祥の地に、竹中工務店によって大工道具の調査・収集・研究・教育・展示・イベントなどを目的とした竹中大工道具館が設立されました。

ここでは、大学で建築学を学び、博士号所有かそれに該当する人たちが学芸員となり、研究しています。毎年1回、竹中大工道具館研究紀要を発表し、平成25年現在、第24号が出版され、大工道具研究では大きく貢献しています。この竹中大工道具館の設立が、その後の大工道具研究を一層本格化させ、研究を大きく発展させる契機になったと言えましょう。


 このように大変新しい学問領域である大工道具に関する研究には、大別すると建築工学的アプローチと民俗学的アプローチの二つがあります。

前者は、日本の木造建築史と大工道具発達の歴史を関連させて考察し、それぞれの大工道具がいつ頃に登場し、時代時代によってどのような大工道具が木造建築に際し、どのように使用されて来たのかなどを技術工学的に解明して行くことが、主な目的となります。


後者は、大工道具を作って来た職人の人たちや大工道具を使う大工職の人たちの間で伝承されて来た有形・無形の民俗史資料や文献などをもとにして、大工道具職人の師弟関係、それぞれの大工道具の出現時期・種類・使用法・歴史などを解明して行くことを主な目的としています。したがって、このアプローチには大工道具を一つの文化として考察する研究が登場し、それが大きなテーマの一つになります。


 しかし、この二つのアプローチは、個別に独立して存在するのではなく、相互に交差し合っていると言っていいでしょう。


平成26年1月現在、大工道具に関する初心者を対象とした入門書や大工道具について初級の知識を持つ人を対象とした専門書が数多く出版されていますが、上記に紹介した著書を除いて、中級以上の知識を持つ人を対象とした学術書ないし紹介書として主な著書を挙げると、以下のようです。


建築工学的なアプローチとしては、渡邊晶著作の「日本建築技術史の研究―大工道具の発達史―」(2004)と「大工道具の日本史」(2004)と「大工道具の文明史:日本・中国・ヨーロッパの建築技術」(2014)、藤城幹夫著の「日本の大工道具―匠の知恵と進化の歴史―」(2008)などがあります。


民俗学的アプローチとしては、村松貞次郎著の「鍛冶の旅―わが懐しの鍛冶まんだら―」(1985)と「道具と手仕事」(2014)、松永ゆかこ著「江戸東京大工道具職人」(1993)、文〇土田昇 写真〇秋山実の「千代鶴是秀」(2006)と「千代鶴是秀 写真集@」(2007)と「千代鶴是秀 写真集A」(2008)、拙著「日本の大工道具職人―世界に誇る日本の大工道具を後世に伝える記録―」(2011)と「続・日本の大工道具職人―世界に誇るこれは文化である レクイエムとして堂々完成―」(2012)などがあります。





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