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《大工道具鍛冶に関する史料「怪物傳」》



坪源・壷豊 刻印2



はじめに



 「スミツボ」という言葉を漢字で書き表す時、現在では一般に「墨壷」の文字が使用されています。しかし、私がスズキ金物店に入った45年前の昭和41年頃は、「スミツボ」は「墨坪」という漢字で一般的に表されていて、「墨壷」という漢字を使用するのはごく稀でした。

 最近、当店が所蔵している大墨壷を彫った新潟一の墨壷名工と評された一文字正兼について、当店のホームページに記載しようと、いろいろ調べて書いている時に、今までまったく気にもしなかった下記のようなことが、ふとなぜか大きな疑問になりました。

@ なぜ「スミツボ」のツボは、「壷」ではなく「坪」で表記したのか
A いつ頃から「墨坪」の漢字が使われだしたのか
B いつ頃から、なぜ「スミツボ」に「壷」の漢字を当てたのか

 とりあえず、一文字正兼については後日に書き上げることにして、この疑問を解明することを優先にして、いろいろと調べてみました。私と同様に、金物業界でも、大工道具研究家でも、今まで誰も気に掛けなかったようで、「墨坪」の語源について、意外に知られていないことがわかりました。

 そこで、なぜ「墨坪」と表記されたのか、いつ頃から使われ出したのか、また「墨壷」表記についてはどうなのかを、古代から「スミツボ」の漢字表記の変遷史を語るなかで、明らかにしたいと思います。


 この原稿は、新潟で現在墨壷を製作している有限会社「坪源」や「壷静」銘の田巻製作所にお聞きしたこと、前場幸治著「大工今昔」(1992)・沖本弘著「墨縄と墨壷」(竹中大工道具館研究紀要第14号 2002年)を参考にさせて戴きました。尚、以下敬称は略させて戴きます。


「スミツボ」の漢字表記の変遷について 目次




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(一) 「墨斗」の語源について (二) 「墨坪」の語源について (三) 「墨壷」の語源について むすびに (一) 「墨斗」の語源について