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《左官鏝の歴史について》



はじめに

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 今日では「左官」というと、壁を塗る職業の人達であると一般によく知られていますが、「さかん」の語彙の由来について、またなぜ「左官」という文字を使うのかについては諸説があり、学会においても左官業界においても、明確な定義はありません。

 ある程度説得力があり、一般にも理解されている説として、佐藤嘉一郎・佐藤ひろゆき著「土壁・左官の仕事と技術」(2001年)の中で次のような説が紹介されています。
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「宮廷工事の儀式の際、無位無官の職人では宮城部に参入できないので、臨時に仮の官位を、その時代の公家の慣習に準じて、守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)の階級になぞらえ、壁塗に目(さかん)の名称を与えた。」時代により、この官位の目(さかん)は属、志と表されて、これらの文字も(さかん)と読んだ。

「工事の際に褒美を賜る順が、大工、屋根職人、錺(かざり)職人、壁塗と四番目であるという慣例から「さかん」とした。」


 しかし、壁塗職の人達が「左官」という文字の名称で呼ばれるのは、古代から長い歴史を経て江戸時代初期の頃からであると、関西大学教授であった故山田幸一氏は、歴史的に日本の壁塗について研究した著書「壁」(1981年)の中で述べています。

 「左官」という名称は、日本における壁塗職の建築における地位の向上と、壁塗としての明確な職業の確立過程の中で呼ばれるようになってきたのです。

 そこで故山田氏の著書に基づいて、壁塗職の呼称がどのように変化してきたのかについて、古代から近世までの壁塗工事の変遷を語る中で述べてみましょう。


「左官」呼称の変遷について 目次



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(一) 古代の壁塗職の呼称 (二) 中世の壁塗職の呼称 (三) 近代の壁塗職の呼称 むすびに (一) 古代の壁塗職の呼称