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むすびに




本稿を閉じるにあたって、香川量平氏が平成24年8月に野村俊信宅を訪れ、「野村俊信氏が善作4代目を襲名しなかった理由を聞いたが、何も語らなかった。」と語っていますが、この点について私の見解を述べてみましょう。


T 俊信氏が3代目善作のもとで修業をしたのは僅か5年であり、修業後帰郷し、父のもとで鍛冶仕事をしていたこと
U 戦後、昭和27年ごろまで師匠が鍛冶仕事をしていたこと、師匠から善作銘の襲名移譲があってのみ、正式に4代目として善作を名乗ることができますが、通例では自分から勝手に善作を襲名することはできないこと
V 善作銘の登録商標を持っていた三木の金物問屋が、戦後すぐに登録善作銘で鑿などを鍛ち始めたこと
などがあったからではないかと推察します。

ともあれ、大阪の大工道具鍛冶「善作」については、かなりのことが解明されましたが、まだまだ謎が多い人と言えましょう。


 私は拙著「日本の大工道具職人」と「続・日本の大工道具職人」を出版し、また当店のホームページの「道具の歴史」欄に最新の研究成果を発表し、大工道具やそれを作り出す古今の職人の人達を、後世に記録として残こすことを試みて来ましたが、資料がなかなか見つからないこともあり、まだ十分にそれを成し遂げているとは言えません。

 今後、善作ばかりでなく、まだよく解らない昔の大工道具を作っていた職人についても、大学や研究機関、そして在野の研究者によって解明され、伝聞からではなく正確な資料に基づいて残されていくことを期待する次第です。



   平成25年7月吉日
   有限会社 スズキ金物店
     代表取締役 鈴木 俊昭




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